
代表近影 アジアンドラッグ代表 山口 建一 中国北東部旧満州(黒龍江省哈爾濱(ハルビン) 市生まれ)の残留孤児2世 3ヶ国語に堪能で、貿易事業にフル活用している。 平成5年よりアジアンドラッグの前身、龍珠製薬の設立に参画。 平成13年3月に全事業を引き継ぎ代表に就任。 年令はヒミツ。かなりの変人であることは間違い無い。飽きっぽい性格ではあるが、 デザインや芸術的センスには絶対の自信を持ち、食材や薬用植物、アンチエイジング、服、 性に関すること、インテリアなどあらゆる事に人並み外れた好奇心と独特の嗅覚を持つ。 今は特に全世界からSTDを撲滅したいと考えている。 中央区の下町で育ち、都立高校を卒業寸前で中退、 おかげで定時制高校で2年間高校生活を延長するはめになるが、 その頃本人はプロのミュージシャンか役者を目指していた為、音楽理論を習ったり、 劇団へ通ったりして、その活動に没頭しながらも2度目かつ最後の高校生活を楽しむ。 卒業後には某芸術系大学に合格し入学するも、 バンド活動が楽しくて一年もたずしてまたしても中退。 同時に学内で彼がつくったサークルも解散となった。この時に解散コンサートを行ったが、 打ち上げでは伝説の醜態を晒す最悪の結果となる。 (これが原因で当時付き合っていた恋人と別れる。) その後もバンド活動だけは続けていたものの、ついに力尽き、挫折そして完全燃焼し、 一年後の神楽坂のライブハウスを最後に業界から姿を消す。 在学中20歳で起業。韓国式中華料理「敦煌」(トンコウ)を友人3人と大久保にてOPEN。 若さゆえの意見の対立や造反により、店を失い解散。同時に友人も失う。 次に始めたのが、最初の失敗を生かし、資金が少なくてすむ屋台のスープパスタ店を開業。 中古のバンを改造した屋台であったが、詳しいことは本人も思い出したくないとの事。 超固めの麺とジンジャーやセロリのスパイスが効いたアサリだしのスープは、 目新しさと彼の手先の器用さから、たちまち大繁盛。 ところがいいことばかり続かない。大絶頂時のこの時は無許可で営業をしていたのだが、 横からいきなり工事車両に激突され、屋台は無惨…。(鉄板が潰れる程の衝撃だったらしい) 本人とお客さんも怪我を負い、またしても店を断念。(本人は鎖骨骨折で入院) 退院後、補償金で潤った彼は、次に昭和モダン風の洋食屋を開業するが、 結局うまくいかず、廃業。(本人談では方位が悪かったとの事。) その後、カフェ「DRAGONG」、ゲイビデオレーベル「我們的家」、 ライブフライヤーのデザイン会社などを立ち上げるもことごとく失敗。 家族・親戚・友人などの信用を一切失う。 年齢は体調が良い時は18歳ぐらいにも見えなくもないが、体調が悪い時は、見る影もない。 実際にはおそらく30歳は過ぎてるようだが、年齢を訊くことは不可能。 住まいは新宿二丁目で、営団地下鉄新宿御苑駅そばのマンションに棲んでいることまでは 判明済みだ。最近自分で料理を作るらしいが、 味とスピードにも相当の自信を持っているようだ。 (自己流とはいえ、自分の店を持っていた位だから当然といえば当然だが…。) 趣味 ベース 好きなアーティスト スティング ドナルド・フェイゲン アベレージホワイトバンド チャカ・カーン TOTO ジョージ・ベンソン ジノ・バネリ ジャミロクワイやレッチリも大好き! 好きなベーシスト ジャコ・パストリアス マーカス・ミラー スタンリー・クラーク 新宿二丁目にいるとヘンな電話が多い。もう随分前の話しになるが、 マッキーが逮捕された翌日に、マッキーのファンを名乗るヘンな女性 から電話があり、いきなり「槇原さんは本当にホモなんでしょうか?」 と訊かれ呆気にとられた。電話帳で住所が2丁目の会社に片っ端から 電話していたらしいが、こふいふ輩の脳味噌を一度覗いてみたい。 今注目している国はブータンで、アパレル生産に最適な国だと思える。 出来れば、人口密度と家賃が世界一高いムンバイ(ボンベイ)から生 産地のシフトを考えたい。もし誰か、ブータンを拠点に貿易活動して いる方、または商社があれば現地生産のコンサルティングをお願いし たい。 何故?コスチュームを製造&販売しょうと思ったかですが…。 自分自身が着て目立ちたいというのが幕開けでした。 自分はバンドでベースをやってまして、ライブをやった時に 録画したものを後で見るのが苦痛でした。 自分だけいまいち目立たないのが悩みでした。 組み合わせでオリジナリティを出す技も得意だったのですが、 スグに真似されちゃうんです。それも有名なアーティストに…。 そうすると逆に自分の方がパクってるようで恥ずかしくなっちゃうんです。 色々なところで既製品を探してみたりもしましたが、 自分に似合うものがなかなか無くて自作したのが始まりです。 手先の器用さやデザイン能力には自信があったのですが、 コスチュームの奥深さには驚愕モノです。 自分自信がステージ衣装として着たいのは、 ゴスロリ系やパンキッシュなもの、サイケ、BROTHER系などを ミックスチャーしたスタイルです。 今でこそコスチューム制作チームを結成し、 生地素材・デザイン・パターン・縫製とほぼ全てを賄っているアジアンドラッグですが、 実は、製造自体は当初から自前でやっていたわけではなく、 3年くらい前まで色々な専門家の方々に製作して頂いたり、 お世話になってる問屋さんから仕入れてました。 さらに7年くらい前には中古衣裳屋さんから本物のコスチュームを安く卸して頂き、 それを内職で縫製の出来る方にリメイクしてもらってやり繰りしてました。 もちろんこれからもずっと取引を続けて頂きたい方々ばかりです。 もちろん最初は右も左も分かりませんから、 も〜う大変、いくら専門家が周りにいても大きなミスの連続でした。 なんせロックミシンも知らないのですから、 ストレッチ素材でも無理やり工業用ミシンで縫ったり、慌てて手を挟んで怪我をしたり。 生地の選定ミス、パターンのゆとり不足、縫製ミスと失敗だらけ。 下着のパターンを引いても、完成したら、子供でも履けない代物だったり。 やっぱり私達は本物のド素人軍団でした。トドメは、中国からチャイナドレスを輸入するも、 まさかあんなに数が多いとは思ってもおりませんでした。 20フィートのコンテナまるまる1台全部がチャイナドレスです。 しかも全部赤で全部M。置くところなど見当もつかず、途方にくれました。 本当にあの時は青ざめ打ちひしがれました。その恐怖は今でも夢に出るくらいです。 その日から1年くらい、みんなの自宅(実家?)までがチャイナの山と化しました。 チャイナドレスはもう見たくない社員やその家族も存在するのは事実です。 その頃はまさかその後永い間に渡って、 チャイナドレスのサイズの難しさで苦しむことになろうなど知る由もありませんでしたし、 わかっていれば輸入などしてません。パターン上の問題で、 何故かLサイズかSサイズでピッタリな方が多く、Mサイズは逆にまったく売れませんでした。 いくら安くても駄目なものは駄目なのです。 着ないから要らないというお客様もいらっしゃいました。 試着して頂いても腕の所がきつかったり、それと不良品にも泣かされました。 中国の工場は返品にも応じてくれないばかりか、 おたくのようなうるさいところとは今後一切取引出来ませんと宣告されました。 結局、在庫の山は倉庫代の方が高くつく為、廃棄致しました。 高い授業料もこの時だけでなく、私達もデザインだけはかなりの自信を持っていましたが、 ピンクとワインレッドの2色の襦袢を作ったら、 なんとアントニオ猪木大先生の闘魂ガウンになってしまったことがあった。 生地の素材や光沢によって、完成品と大幅に差異が生じることも、 この時初めて知った次第であります。このときはお水系のお店での大量発注だった為、 キャンセルとなりました。その他にも何件か外国に送金しても、 いっこうに納品されないという事件も有ったが、 (一件は後に自ら現地入りという最終手段に講じたものの、 工場のオーナーが代わってて知らぬ存ぜずの一点張りであった。) 結局、泣き寝入りするしかなかったのです。 でも、この時の大失敗の数々が現在のパーフェクトな仕事に生きていると思います。 中古衣裳屋さんの本物の衣装も、型紙を勉強するのに役立っていますし、 問屋さんが卸してくれるコスチュームも、本物とは違ったPOPなセンス、 例えば重要なポイントを見つけ、どこを強調して、どこを省略して、 いかに別の味わいをプラスして新鮮なものを産み出すかという醍醐味を教えてくれた気がする。 やっぱり最初はナメ切ってていたのだと思う。 普通の一般服よりコスチュームの方が簡単に作れるなどと。 みんなの思い入れが強いだけに、コスチュームの製造の方が難しいと思います。 でも実は思ったよりも制約は無いし、今ではコスチュームの方がやりがいがあるし、 もっともっとこだわりたいと思います。 失敗から学んだことは、うちの商品だけを作ってもらえる、 信頼の出来る工場や個人の制作集団を見つけること。 これは中国に親戚や友達の多い私であっても、困難な仕事でした。 中間に輸入業者や商社は絶対に介在させない。 これは納期などのトラブルを無くすだけでなく、 例えば私達が契約する協力工場のある山岳地方では、 上海や香港及び広東省などの湾岸地域での人件費に比べて約8分の1で済みます。 言い換えれば中国大都市の商社や輸出工場に直接発注出来たとしても、 8倍以上(現在上海市など人件費が更に高騰中)の開きがあり、 それがそのまま商品代金にオンされてしまうのを防ぐことが出来るのです。 もちろん、それでも日本国内で生産する4分の1の金額で発注可能ですが、 それでは中国で生産する意味は無いと断言できます。 また、不良品をこの世から消し去る為の4つの方法を編み出しました。 一つ目は可能な限り現地採用で、商品をチェックする業務だけの社員を1名雇い入れました。 二つ目は、さらなる日本での完成品チェック後の出来高制契約。 不良品はカウントしませんのでその分を差し引いて支払います。 三つ目は半完成品での輸入です。これについては全部ではありませんが、 技術的とは限らないが、文化的にミスし易い部分を残して日本で締めくくる方法です。 この手法には限界が無いので、当社だけでなく世界的にも、 いずれは自国以外の国で完成させる方法が主流となるでしょう。 つまり、日本に輸入する場合、日本以外の2つの国を経由する方法で、 国毎の長所を生かした工程交換(順序)貿易とでも名づけたらいいのでしょうか。 当社では今のところ原料・生地や部品などの一部で、 調達チームをつくってこの方法をとっている。 小ロットやオーダーメイドに最適だ。四つ目はリスクヘッジとして、 中国以外の他の国で同じ商品を製造することです。 これは何枚もサンプルを作ったりして異常に手間がかかるのだが、 不良品を無くす一番の方法だと確信しました。 お国柄や工場の得意不得意が分かるし、仕上がりの美しさを競わせることも出来るからです。 確かに全く同じ生地とサンプルを送っても、 仕上がりが全く違うものになってしまうことがあります。 中国では旧正月に入ってしまうと、従業員が全員故郷に帰ってしまい約1ヶ月もの間、 工場がもぬけの空になるので大幅に作業が中断してしまう (というより放ったらかし?)危険性が有ります。 また、船便で送る場合、他に混載する一部の商品の遅れから、 全体までも大幅に遅らせること(それでも高額な運賃を考えると待つしかしょうがない)も有り、 ここでもリスクヘッジが有効です。 いずれは現地採用の社員(現場監督)を交換しようとも思っています。 チェックの仕事には適度な刺激が必要だからです。 また、将来的に私達が契約している工場等にまで、 人件費や賃料の急騰が及んだ場合にもバランスをとることが出来るし、 その時の移動拠点としても利用できると考えております。 私達と製造者をたとえていうなら、 ヘルシー系レストランとオーガニック契約農家のような関係といえるでしょう。 お互いの相乗効果で急速にノウハウが蓄積中です。 私達のこだわりが確実に伝染しているだけでなく、 逆に伝統的なワザで応酬されることもあって嬉しいかぎりです。 もちろん日本の技術もまだまだ捨てたものじゃありません。 複雑なレースや特殊な素材、そしてフィギュアなどに代表される、 手作りのこだわりは他の国の追従を決して許しません。 国内には外部で動いてい頂いている才能の有るブレーンの方々の他に、 社員でデザイナー2名、パターナー1名、縫製スタッフ2名の5名体制でチームを組んでます。 ランジェリー&コスチューム製造でここまでやってる会社は当社だけだと自負しております。 だからこそ、販売においても1人勝ち出来ているのだと思います。 実際、確かに売れ過ぎてます。今だけかもしれませんが、 今後もかたちを変えて生き残っていく自信も当然持っております。 これからも胸がドキドキするような刺激的なアイテムを、 次から次へとラインアップして、向上心の強い恋人達に御提供させて頂きます。 コスチューム製造はあらゆる制約の中に創造と破壊を共存できる、最高の仕事です。 もし、この仕事にご興味のある方がいらっしゃたら、ご連絡いただけたら幸いです。 商品の品質については私が責任を持ちます。 ご意見、ご要望については以下のとおり、 AM 10:00〜PM 9:00(土日休)![]()