« 今年も宜しくお願い致します | メイン | S1n Fist3d(SIN FISTED シン・フィステェド)インタビュー »
2008年01月11日
中山 潤 インタビュー
MTVのポスターや先鋭的なクラブキッズに人気のブランドヘザレットのファッションショーにモデルとして出演。デヴィッド・ラシャペルや、ボーイ・ジョージなどのカリスマフォトグラファーに愛され、極彩色の写真の中で天使のように頬笑む傍ら、本格的なテクニックを誇るアロマテラピストとしてマンハッタンで自分のサロンを切り盛りするビジネスウーマンでもある。
2008年1月2日、筆者はNYの中山潤の自宅を訪れる機会を得た。
扉を開けると、いつも雑誌の中で楽しそうに微笑んでいる本物の中山潤がいた。
■JUN NAKAYAMAの出来るまで
「昔から、ずっと外国に来たかった。
高校時代からずっと留学したかったんですよ。
でも親がうんと言ってくれなくて。
で、大学を出てようやくイギリスに留学しました。
イギリスで本場のアロマを学ぶため・・・というのが目的だったんだけど、本音はとにかく留学できればしたかったの。
高校生の時から、エステでバイトしたりして、美容に興味があったし、アロマはちょうどいいと思ったの。」
ロンドンでアロマテラピストの資格を取り、96年帰国。
資生堂の運営するサロンに就職を決めた。
女ばかりの職場で苦労もしたが、学ぶことも多かったと語る潤。
数年後独立し、南青山にサロンをかまえることになる。
■夢の独立開業!?
「青山にラスチカスっていうレストランがあって、そこによく遊びに行ってたのね。
六本木はアメリカ人ばっかりだったけど、ラスチカスはイギリスとかヨーロッパ系の外国人がいっぱい遊びにきてて楽しかったの。
そこに通ううちに、オーナーと仲良くなって、「場所あるけど、そこでアロマやらない?」ってことになって、南青山でサロンを独立できました。
軍資金は50万円くらいかな?
それもオーナーが貸してくれたし、場所も、彼の持っている物件だから、保証金がいらなかったし、ラッキーだったよね。
でもね~、独立開業したい人いっぱいいると思うけど、開業しても、そのあとずっと経営していくって本当に、本当に大変なのよ!
特に当時なんて、経営のこともマーケティングのことも何も知らなかったから、本当に苦労したわ~。
どこが大変って?
うーん。
まずお客を集めるのが大変でしょ。
やっぱり一対一でやるから、仕事の量にも制限があるし、かといって、人を雇うとその人件費もバカにならないし、せっかくいい人がはいったと思っても、すぐやめちゃったりするからね。
日本では、全国に何百店舗もあるようなエステがあるけど、ああいうところは、何百万円もするような痩身コースなんかでもっているんじゃない?
アメリカのエステにはあんなに大きなチェーン店のエステはないのよ。
大きくても数店舗支店があるだけのところが多いわよ。
あと、すぐ訴訟沙汰になるしね。
私のサロンは、はじめからセレブ路線で、値段も高めだったわ。
オーナーには『バカの安売りはするな』って言われてたし。
せっかく本場イギリスまで留学して、資格を取るっていう投資をしてるんだから、それを安売りしちゃいけないと思ったの。
それに値段を安くするとやっぱりそれなりのお客しかこないものね。
だから、外国人をターゲットにしたのよ。
内装とかもぐっと外国っぽくしてね。
東京在住の外国人向けの英語雑誌に取材されたりして、結構人気だったのよ。
証券マンとか、リッチな外国人のお客がついてくれたわ。
でも、サロンをやるのは大変っていうことがよくわかった。
もっとサロンをやるよりも、効率的なビジネスはないのかなって思って企業とコラボレートしたり、教えたりっていうのをはじめたのよ。
企業の新商品の研究開発をしたり、あと、私のイベントとかで企業の商品を使ったりね。
そういう方が安定してお金がはいるって学んだのよ。」
■仮装デビュー!

ー今日もすごく可愛い格好をされていますが、いつから、こういう格好は始めたのですか?
「自分のサロンをはじめた後よ。
ラスチカスで、いろんな部署をまとめていた人に『女の子が集まるクラブイベントがあるから、そこで宣伝してみたら?』って言われたの。
そうして、GOLDFINGER(※日本最大級の規模を誇る人気レディースオンリーイベント)のオーガナイザー、チガさんことドン・キング・チガリアーノを紹介してもらったのよ。
他のイベントでもやるようになって、ゲイの友達もどんどん増えていったのよ!
当時、ラスチカスで知り合った友達のENVYっていうゲイのDJと一緒に住んでたんだけどね。
ドラッグクイーンもやる子だったの。
で、彼が出かける前にメークしてあげたりしてるうちに、『なんか楽しそう』って思って、自分もやりたくなったの。
そういうこうしてるうちに、おいちゃんっていう変な人専門のタレントエージェンシーみたいなことをやってる人と知り合ってね。
ミュージックビデオの役とか、CMとかいろいろ出たのよ。
「ちょっとでぶな人の役があるから出てくれ」なんて言ってね。
今思えばおいちゃんが私の人生変えたといっても過言じゃないかも(笑)
リッチー・リッチとか、パトリシア・フィールドと知り合ったのもそこらへんね。
アッシュ・アンド・ダイアモンドの創始者のますこさんがリッチーとか、パトリシアを日本に呼んでてそれで知り合ったの
で、『あ・・・日本の芸能人より、クラブキッズ達の方が、アゲだわ!』って思っちゃったのよ。
日本の芸能人は、自分を演出するのうまいかもしれないけど、実際会うとあんまりカリスマを感じなかったのよね。
クラブキッズの方が、もっと近い距離感で、友達みたいに仲良くなれたし、すごい面白い!って。
RINGとか、デパッチとか、他にもいろいろなパーティに行ったわ。」
■そして、渡米
ー2001年の秋NYに渡ったそうですね。
「実は、日本で、アメリカ人と結婚したの。
だからグリーンカードは持ってたの。
でも就職活動は大変だったわー。
NYのエステティシャンのライセンスがなかったから働けなかったし、イギリスのライセンスを書き換えるのにも1年くらいかかったんじゃないかしら?
もうとにかくこっちのお役所は遅くて何度も電話しないとちっとも動いてくれないわ。
ライセンスがないと、就職がなかなか決まらなくてね。
決まった後も、お給料が本当に安くて、大変だったわ・・・。
その後転職もしたんだけど、体を壊しちゃったの。
なんだかどんどんやせちゃって・・・半年くらい体調悪かったわ。
それで、仕事もやめたの。
今思えば、何かにのろわれていたんだと思う。
何かおかしい気が漂ってる場所だったわ・・・そういうの信じる?
だから、もうその場所には戻りたくなくて、自宅でサロンを始めたのよ。
それ以来、ボーイ・ジョージもそうだし、セレブなお客さんがついてくれたの。
日本人の観光客のお客様も多いわよ」
■プラス・サイズ・モデルとして

ー潤さんはいろいろな媒体で"でぶ"役として抜擢され、著名な写真家の被写体も勤めていますが、っていうのは、どうなんですか?
抵抗などはないんですか?
「全然オッケー。
”私はプラスサイズモデルです”って言ってる。」
ーすごく楽しそうだし堂々としてますよね。
「そうね。
妹のTAMAKIもモデルだったし、本当は昔それが少しうらやましかったんだよね。
だからモデルとかするのは好き。
メディアに出るのは、自分の目標でもあったから、去年はたくさん出られて嬉しかった!
でも写真撮られたり、メディアに出るのは、目立てばいいだけだから、簡単なのよ。
でもそれでお金を稼ぐっていうのは、なかなか大変よ(笑)」
■華麗なる交遊関係
●リッチーリッチ

※土屋アンナや浜崎あゆみが溺愛することで知られるクラブ系ブランドのデザイナー
リッチーは、本当にナイスよ~。
私と知り合った時はまだクラブキッズで、デザイナーを目指してるって感じだった、
ヘザレットをはじめるかはじめないかくらいの時だったのよ。
あれから7年?
彼がこんなに成功して、もうセレブの仲間入りをしてしまって夢みたいだわ。
(画像の向かって左がリッチーリッチ?)
●ボーイジョージ

※カルチャークラブのボーカリストとして一斉を風靡し、彼は気まぐれだけど、いい人よ。
ユーモアがとてもあって、いつも人を笑わせようとしてるの。
(この画像はボーイジョージが撮ったもの)
●シザーシスターズ
私のフェイシャルのお客様なのよ♪
とってもスウィートな人だわ。
●アマンダ先生
パーティ・モンスターにも出てるモデルのアマンダ先生とは、とても仲良くてもうこのうちにも何度も遊びにきてるわー。
(画像の向かって右がアマンダ先生)
●アンドレ・J

フレンチヴォーグの表紙にもなったモデルのアンドレ。
かわいいわ~。
その他、ビッチ(意地悪)なセレブの話はよく聞くけど、ここでは言えないわ(笑)
■NY夜遊び事情!

ー最近のNYのナイトライフはどうですか?
パーティモンスターや、リッチーたちが遊びに行っていたようなファビュラスなパーティというと、今どこなんでしょうか?
「そうねえ~。
最近はあまり盛り上がってないんじゃないかしら?
最近マンハッタン内の家賃って2倍くらいに跳ね上がっちゃったのよ!
だから、クラブキッズたちも大変よ。
で、こうやって着飾って、夜遊びするのって、ある意味道楽っていうかお金かかるじゃない?
しかも、最近はクラブのオーガナイザーも、金儲け主義に走ってて、ボトルを入れないと入場させてくれないとか。
私たちみたいに着飾ったのをフリークスっていうんだけど、そういうフリークスより、証券マンとか、金持ちの客を集めようとしてるみたいね。
つまんないわよ~。
私みたいな、こういう変な格好してるようなクラブキッズが昔はたくさんいたはずよ。
でも今じゃ減っちゃった。
みんな遊びにきても、2時くらいに帰るもの。
4時と5時とかまで残ってる人は少ないわね。
あ、週末はさすがに朝までやったりしてるみたいだけど・・・週末は、ニュージャージーとかから遠征してる人たちが来るから。
マンハッタンのNYッ子は、平日のパーティするのよ。
日曜~木曜が本当におしゃれなのよ。
金曜・土曜はちょっとダサい子が多いわ(笑)」
ーこういう洋服とか、靴、すごい可愛いけど、どういう店で買い物してるの?
「あまりブランドにはこだわらないの。
古着屋で可愛いのを見つけて、自分でリメイクするのが好き。
この前Marc Jacobsの靴で可愛いのがあったけど。
ファッションウィークは見に行ったりしますよ。
でもそこで新作を買ったりはしないけど・・・たいていデザイナーさんがプレゼントしてくれます。」
■変態万歳!
「考えてみると、私、ノンケの男友達って…ほとんどいないかも。
というか、周りが変態ばかりで、それが普通になってるの。
オカマのどこがいいって・・・やっぱ、面白いとこ!
オカマと遊んでると、笑いすぎて、この世の中の嫌なこととか全部忘れちゃう。
面白いし、腹割って話せるわよ。
あとノンケの男の前だと『女らしくしなきゃ』みたいなのがあるけど、オカマはそういうのいらないし、本音で話せるからいいの。
しかも、もともと女に興味ないオカマからほめられたりすると、それはもう最大限の賞賛なわけ。
嬉しいわよ~☆
オカマの方が綺麗だし、面白いし、好きになるのはいつもオカマばかりなの。」
■変態さんへのメッセージ

ー読者のオカマさん、オナベ、レズ、ホモ、おこげ・・・その他全ての変態さんへのメッセージはありますか?
「NYに来なさいッ!
NYに来て、いろーんな人をみたら、自分の中にある壁が壊れるはずよ。
NYは「自分が自分でいれる場所」なのよ。」
●数日後。
深夜12時。
筆者は、再び中山潤の自宅の前
彼女がよくいくゲイ・パーティに同伴することを許されたのである。
NY名物、イエローキャブに乗り込み、慣れた口調でクラブの行き先を指示する潤。
目的地は日本をテーマとしたクラブ 「HIRO」である。
「ふぁびゅらーす!」
潤が歩いて行くと、入り口にたむろすゲイの男達から賞賛の声が浴びせられる。
「I KNOW!」といって自信たっぷりに投げキスを送る潤。
地下におりて行くと
人・人・人・・・日曜日なのにも関わらず、かなりの大人数ですごい熱気。
しかもフロアはそこだけではなく複数あるという。
恐るべし、NYゲイシーンの底力・・・
VIPルームに迎えられた潤。
「きゃー!」
「元気ー?」
そこにいる全てが親友のように潤に抱きつき、キスしている。
日本のファッションはここでも注目されている。
シザーシスターズのPRもつとめる彼女。
(画像の向かって右がシザーシスターズ?)
「このコスチュームは日本で買ったものなのよ♪
今注目しているのは、看護婦をテーマにしたもの。
今度、CRAZY NURSE(クレージーナース)やSuccubus(サキュバス)のカタログも是非観てみたいわ!」
その他、ロンドンでの伝説的ゲイ・パーティを10年以上にわたって主催しているミスター・リー。
(画像の向かって右がミスター・リー?)
フレンチ・ヴォーグの表紙を飾ったアンドレ・J。
(画像中央の黒人の方がアンドレ・J)
夢のようなひとときを過ごすことが出来た。
ありがとう、中山潤!
文章:市川ゆう
☆もっともっと「中山 潤」を知ってみたい方は→「中山潤のフィア~ス!NYシーン!」へ♪
「YouTube(ユーチューブ)」より「ヘンリベンデル店内でのへザレットのオープニングパーティーの様子」
投稿者 asidru : 2008年01月11日 15:54 : トップへ戻る


















